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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)194号 判決 1993年2月04日

原告

結城由美

被告

特許庁長官 麻生渡

主文

特許庁が昭和63年審判第21084号事件について、平成3年5月16日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文と同旨の判決。

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年7月4日、名称を「二部式の和装婚礼衣装」とする考案(「本願考案」)につき、特許庁に対し、実用新案登録出願をしたところ、昭和63年8月30日、拒絶査定がなされたので、同年12月1日、審判を請求した。

特許庁は、この請求を昭和63年審判第21084号事件として審理の上、平成3年5月16日、「原告の請求は成り立たない。」との審決をした。

二  本願考案の要旨(実用新案登録請求の範囲第1項の記載と同じ)

異なるサイズの複数の上衣からなり、各上衣が、衣紋抜きによりおはしょり部下端と後身頃下部とがほぼ整列するように前身頃を後身頃より長く形成してなる上衣セットと、異なるサイズの複数の下衣からなり、各下衣が、装着時に帯下にかくれ人体胴部に巻き付けられる付紐を下衣上部に取付けてなる下衣セットと、締帯部分及びお太鼓部分に分離してなる帯を1セットとして組み合わせたことを特徴とする二部式の組み合わせ和装婚礼衣裳。(別紙図面一参照)

三  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  実公昭58―26965号公報(「引用例」)には、お色直し用衣裳を着付けた上に着用する掛け下であって、上体部と下体部からなる二部式型に形成されており、該上体部は前側の丈を腰部に至る長さにするとともに背側の丈より長く形成し、該下体部の上部には該下体部を着用した際、帯の下になるように胴部に巻き付ける締紐を取り付け、該帯は簡略にしたことが記載されている。(別紙図面二参照)

(3)  本願考案と引用例に記載されたものを対比すると、引用例に記載のものの「掛け下」、「上体部」、「下体部」、「前側」、「背側」、「締紐」は、本願考案の「和装婚礼衣裳」、「上衣」、「下衣」、「前身頃」、「後身頃」、「付紐」にそれぞれ相当し、両者は、ともに二部式の和装婚礼衣裳に関するものであって、上衣が、前身頃を後身頃より長く形成されている点、下衣の装着時に帯下にかくれ人体胴部に巻き付けられる付紐を下衣上部に取り付けた点で一致し、①上衣及び下衣が、本願考案では、異なるサイズの複数のものからなるのに対し、引用例記載のものでは、一定のサイズのものである点(「相違点1」)、②帯が、本願考案では、締帯部分及びお太鼓部分に分離して1セットとしているのに対し、引用例記載のものでは、簡略されている点(「相違点2」)で相違する。

(4)  相違点1について、あらかじめ用意された複数のサイズの上衣及び下衣の中から着用者の体型に応じて任意のサイズを選定する技術的思想はスーツ等、すなわち、洋服の分野において、本願出願前周知であり、上記技術的思想を二部式の和装婚礼衣裳に適用して、上記相違点において掲げた本願考案の構成の如くすることは、当業者がきわめて容易になし得たものと認められる。

相違点2について、締帯部分及びお太鼓部分に分離して形成した1セットの帯は本願出願前周知手段であるから、本願考案において、上記のような1セットの帯を使用した点は単なる周知手段の付加に過ぎないものである。

(5)  したがって、本願考案は、引用例に記載された考案及び本願出願前周知の手段に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるので、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4 審決を取り消すべき事由

(1)  審決の理由の要点(1)ないし(3)は認め、同(4)のうち、あらかじめ用意された複数のサイズの上衣及び下衣の中から着用者の体型に応じて任意のサイズを選定する技術的思想は大量生産の既製の洋服の分野において、本願出願前周知であったことは認め、その余は争う。同(5)は争う。

(2)  取消事由

① 取消事由1(相違点の看過)

本願考案と引用例に記載された考案との間には、審決認定の相違点の他、次のような相違点があるにもかかわらず、審決はこれを看過した。すなわち、

本願考案の構成要件である「上衣」は、前身頃が後身頃より長く形成されているのみならず、衣紋抜きにより、おはしょり部下端と後身頃下部とがほぼ整列するように構成されるものであるのに対し、引用例に記載された考案はかかる構成を備えていない。

本願考案の衣裳の背面は、帯に隠れる部分で上衣と下衣とに分割し、おはしょり部下端と後身頃下部とがほぼ整列、分割した部分に帯が巻かれる構成になっているのである。本願考案は、これにより、装着時の仕上がりは従来の上下一体の婚礼衣裳と何ら異ならないという作用効果を奏するものである。したがって、本願考案は、打ち掛けの下に装着する掛け下とお色直し用大振袖の双方に適用できるのである。

これに対し、引用例に記載された考案は、打ち掛けの下に装着する掛け下であって、その下にあらかじめお色直し用大振袖を着込んでおき、披露宴の途中で簡単に掛け下を着脱できるように掛け下を改良したものであるから、その下に着込んだ大振袖の帯をそのまま利用するのである。そのため、引用例に記載された考案の衣装の背面は帯を抜き出す部分の上衣背面下方形状が山状となっている。しかし、その上衣は、本願考案のようなおしょり部下端と後身頃下部とがほぼ整列するような構成となっていない点で相違する。

② 取消事由2(進歩性の判断の誤り)

(a) スーツ等の属する洋服の技術分野と和装婚礼衣裳の属する技術分野とは、それぞれその製造業者流通機構等において著しく相違するものである。また、貸衣裳の分野で利用される衣裳は、冠婚葬祭に着用される衣裳であり、一品製作の個性が要求され貸衣裳店で扱われる衣裳と大量生産による既製服とは区別して扱われるべきである。さらに、洋服を販売する一般の衣料業界と貸衣裳を扱う貸衣裳業界とは、製造から流通経路を経て消費者に至るまでルートを全く異にする。

以上述べた如く、貸衣裳の分野のなかでも特異な和装婚礼衣裳の属する技術分野は、一般的な衣服分野、とりわけ、大量生産による既製の洋服の技術分野とは、著しく異なり、したがって、その技術常識を異にし、両技術分野に属する通常の知識を有する者、いわゆる当業者は両技術分野で全く相違するものである。

したがって、審決が洋服の分野しかもその中の一部の大量生産による既製の洋服の分野における技術的思想をそのまま本願考案の二部式の組み合わせ和装婚礼衣装に適用して、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものとした審決の判断は誤りである。

(b) 相違点2についての審決の歓談は誤りである。

第3請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める、同4は争う。審決の認定判断は正当であって何ら取り消すべき違法はない。

2(1)  取消事由1について

本願考案と引用例記載のものとは、原告主張の点についての相違はない。

本願考案の要旨のうち、「上衣が、衣紋抜きによりおはしょり部下端と後身頃下部とがほぼ整列するように前身頃を後身頃より長く形成してなる上衣セット」との部分の「衣紋抜きにより、おはしょり部下端と後身頃下部とがほぼ整列するように」との文言は、「前身頃」を修飾する語であって、後身頃の形状を特定するものではない。

引用例添付の図面(別紙図面二参照)の第1図及び第2図をみれば、前身頃は後身頃より長く形成されており、引用例の考案の詳細な説明には、「従来の掛け下を着用したのと少しも変わらず見られる」(2頁31行ないし32行)旨記載されており、従来の掛け下を着用したのと少しも変わらず見られる以上おはしょりは作られていると解され、装着時の図である第10図及び第11図をみれば、前身頃の下端が略水平になっている。

しかも、おはしょり部下端と後身頃下部とがほぼ整列するようにするのは、着物の常識であり、引用例記載のものも、衣紋を抜いて背部の下方をお色直し用の結んだ帯と着物の間に差し込むのであれば、おはしょり部下端と後身頃下部とがほぼ整列しているといえる。

(2)  取消事由2について

① 学生服等の既製服の分野で、予め用意された複数のサイズの上衣及び下衣の中から着用者の体型に応じて任意のサイズを選定するということは、本願出願前一般に行なわれていた。

さらに、貸衣裳という分野でとらえれば、タキシード、モーニング等の男性用洋装婚礼衣裳において、予め用意された複数のサイズの上衣及び下衣の中から着用者の体型に応じて、任意のサイズを選定するということは本願出願前一般に行なわれていた。(乙第1号証)。

したがって、洋服の分野では、予め用意された複数のサイズの上衣及び下衣の中から着用者の体型に応じて、任意のサイズを選定するということは本願出願前周知であった。

タキシード、モーニング等の男性用洋装婚礼衣裳と女性用和装婚礼衣裳は、同じ場所で取り扱われており、男性は洋装、女性は和装の婚礼衣裳の組み合わせによる結婚式は、本願考案の出願当時、きわめて普通の形態であったといえるから、洋服の属する技術分野と和装婚礼衣裳の属する技術分野は、製造業者、流通機構の相違にかかわらず、他者の技術を参考にすることも出来ないほど技術分野が違うとは到底いえない。

それぞれ異なった体格の消費者に合う衣裳を提供するというニーズは、洋装、和装を問わず、貸衣裳も既製服も同じであって、本願考案の着る人の体型に合わせて選択可能にするという技術的思想は、衣裳全般にわたる技術である。洋服も和装婚礼衣裳も、衣裳という技術分野でとらえれば、両者に差はない。

したがって、あらかじめ用意された複数のサイズの上衣及び下衣の中から着用者の体型に応じて任意のサイズを選定する技術的思想はスーツ等、すなわち、洋服の分野において、本願出願前周知であり、上記技術的思想を二部式の和装婚礼衣裳に適用して、上記相違点において掲げた本願考案の如くすることは、当業者がきわめて容易になし得たものとの審決の判断は正当である。

② 相違点2についての審決の判断は正当である。

第4証拠関係

証拠関係は記録中の証拠目録の記載を引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3は当事者間に争いがなく、また、引用例の記載及び本願考案と引用例記載の考案の一致点、相違点が審決摘示のとおりであることも当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない甲第2号証、第4号証の1、第12号証によれば、従来、和装婚礼衣裳の着装には長時間を要し、一定サイズの衣裳を被着者の体型に合わせて着装させる技術は着付師の腕にかかり、また、着崩れ防止のため多くの紐を使用し、被着者にいたずらに苦痛を与えていたが、本願考案は、かかる問題を解決するため、前記本願考案の要旨の構成を採択することにより、被着者の上半身と下半身の体型がアンバランスであっても、各種のサイズの上衣と下衣を組み合わせて体型に合った着付けが可能となったこと、後にも触れるように、衣紋を抜くことにより前身頃が後方へずれる分だけ前身頃を延長して、おはしょり部下部と後身頃とがほぼ整列するように形成したので、恰も、上下一体の衣裳を着用したかのごとき外観が得られること、帯の締帯部分とお太鼓部分を分離したため着付けが容易等の効果を奏するものであることが認められる。

3  まず、取消事由1について判断する。

(1)  本願考案の上衣の構成について

本願考案は、その上衣が前身頃を後身頃より長く形成するに当たり、「衣紋抜きによりおはしょり部下端と後身頃下部とがほぼ整列するように」構成したものであることは当事者間に争いがないところ、審決がこの点を本願考案と引用例記載の考案との構成上の差異として捉えていないことは成立に争いのない甲第1号証より明らかである。

ところで、実用新案登録請求の範囲第1項の記載では、おはしょり部そのものの具体的構成は明らかでないので、この点を検討する。

一般に、上下一体の和服の身丈は、着用する人の身長よりも余裕をもって長く作られているため、和服を着付ける場合に、和服の丈を着用者の身長に合わせる必要があり、裾が所定の高さになるように、腰部付近において中間部をほぼ水平に折り返すことが行なわれており、上記構成要件に現れるおはしょり部という文言が表す構成は、その折り返しによって形成された部分を指すものと解されるが、本願考案のような二部式の和服においては、上衣は腰部付近が下端となるものであるから、裾の高さの調整を目的として、おはしょり部を形成する必要はない。

したがって、本願考案が、おはしょり部を上衣に形成した目的はそれ以外にあることが明らかである。

前掲甲第2号証によれば、本願考案の和装婚礼衣裳において、おはしょり部を形成するのは、その外見を上下一体の通常の和服と変わらないようにするためであることが認められる(10頁2行ないし5行)。和装婚礼衣裳において、打ち掛けを着用する場合の掛け下では、おはしょり部は、打ち掛けの打ち合わせ部分に隠れるので上記の目的のおはしょり部は必要ではないが、振袖の場合は、外から着付けの仕上がり状態が見えるため、おはしょり部を形成する必要があると解されるところ、本願考案においても、おはしょり部を形成するのは、振袖の場合であるとされている(6頁12行ないし8頁2行)ことからも、本願考案において、上衣におはしょり部が形成される目的は、その外見を上下一体の通常の和服と変わらないようにするためであることが裏付けられるものである。そこで、かかる目的のために、本願考案では、上記構成を採択することにより、上下一体の通常の和装婚礼衣裳のおはしょり部に相当する部分を上衣の下端に形成し、この部分を帯の下から出すようにしたものと認められる。

したがって、本願考案の「衣紋抜きによりおはしょり部下端と後身頃下部とがほぼ整列するように前身頃を後身頃より長く形成し」たと表される上衣の構成は、前身頃におはしょり部に相当する部分が形成されており、衣紋抜きをした場合に、おはしょり部下端と後身頃下部とがほぼ整列するように前身頃が後身頃より長く形成されていること、換言すれば、衣紋抜きをした場合に衿が後方にずれ、その分だけ前身頃中央部が上方にずれることを念頭において、おはしょり部を形成した上衣の前身頃の長さを後身頃の長さよりも予め長くしておくものであると認められる。

(2)  引用例の上体部の構成について

引用例には、上体部の前身頃を該上体部は前側の丈を腰部に至る長さにするとともに背側の丈より長く形成した掛け下が記載されていることは当事者間に争いがないが、成立に争いのない甲第6号証によれば、引用例には、上記上体部におはしょり部を形成することについての具体的な記載はないと認められる。

もともと、引用例に記載された考案は、打ち掛けの下に着用する掛け下に関するものである。この場合、掛け下の帯付近は打ち掛けの打合せの下に隠れるから、敢えておはしょり部を形成する必要は少ないものと認められる。このことは、引用例に記載された掛け下の着付け状態を示す前掲甲第6号証の図面(別紙図面二)のうち第9図ないし第11図において、帯よりも下方に、おはしょり部に相当する部分を示す記載がないことからも明らかである。特に、第10図には、伊達巻21の下方に位置して、第1図に図示された衿2と衽部3の下端に相当すると思われる部分が図示されているが、衿2と衽部3の下端と思われる部分の位置関係は、第1図に図示された衿2と衽部3の位置関係と同じと認められ、したがって、引用例に記載された掛け下においては、上体部前側の下端を折り返すことなく衿をそのまま打ち合わせて着付けるものと認められるから、引用例記載の考案では上体部前側におはしょり部を形成することは、予定していないものということができる。

もっとも、引用例に記載された掛け下においても、衣紋抜きをするものと考えられ、上記掛け下も前身頃が後身頃よりも長く形成されているから、衣紋抜きをした場合には、後身頃と前身頃の下端が整列することとなるが、かかる状態のもとに、上体部前側の下端を折り返し、おはしょり部を形成すれば、本願考案の上記構成が得られるとの考えも可能である。しかしながら、引用例に記載された考案においては、考案の詳細な説明中の上体部に関する「背側は背縫6(中央部)部位の丈を着用した帯の上部に至る長さにし脇7側をそれより長くほぼウエスト部に至らしめ下辺8を形状にして結んだ帯のじゃまにならないようにし」(前掲甲第6号証2欄29行ないし32行)との記載及び第2図によれば、後身頃は、その下辺である形の頂点が、お色直し用衣裳の帯の上部に止まるような寸法に仕立てることを前提としていると認められる。そうすると、本来帯の下部に形成されるべきおはしょり部と後身頃をほぼ整列するように構成することは不可能であるというほかない。この点からみても、引用例記載の考案においては上体部前部におはしょり部を形成することは予定していないものといわざるを得ない。

したがって、引用例に記載された掛け下は、上衣が、衣紋抜きによりおはしょり部下端と後身頃下部とがほぼ整列するとする本願考案の構成要件を備えているとは、認められず、被告の引用例に記載された掛け下においてもおはしょり部は作られており、おはしょり部と後身頃下部とがほぼ整列するように構成されているから、本願考案と引用例に記載された掛け下とはこの点において相違しないとの主張は理由がない。

(3)  してみれば、審決は、本願考案の上衣が「衣紋抜きによりおはしょり部下端と後身頃下部とがほぼ整列するように前身頃を後身頃より長く形成してなる」という点を構成要件とするものであるのに対し、引用例に記載された考案は、この構成要件を備えるものではない点で相違するにもかかわらず、この相違点を看過したものといわざるを得ず、かかる相違点の看過は審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであり、審決はこの点において、違法として取り消されるべきである。

3  よって、原告の本訴請求は、取消事由2について判断するまでもなく、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濱崎浩一 裁判官 押切瞳)

<以下省略>

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